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日本航空123便

1985年8月12日午後6時56分御巣鷹の尾根で520人が犠牲になった日本航空123便ジャンボ機墜落事故。忘れもしないその夜。今日で21年になる。

当時私は,県の外郭団体に籍を置き,建築に関する調査業務を行なっていた。それ以前に携わっていた銀行業務から転職し,景気も上向きだった所為もあってか,ノリノリで仕事をしていた頃である。

事務所はお盆前で職員も歯が抜けたように休暇をとっていたし,来客もなく閑古鳥が鳴いてた状態だったので,仕事を5時で終い,事務局長と二人で飲み出た。立町,国際ホテル東側,今では巨大なゲーセンのビルが建っているが,その当時はナメクジ横丁と呼ばれる間口6尺の飲み屋が軒を連ねる場所だった。

事務局長は秦勝美さんとおっしゃって,戦後の戦災復興院を経て広島県に奉職された有能な技師であった。今でも広島県建築行政界にあってその名を覚えぬものはなかろうと思う。性格は豪胆かつ繊細な方で私は三日にあげず薫陶を享けていた。今まで仕えた上司の中で最も印象深く,尊敬もし影響も受けた。今の私の仕事のスタイルは秦さんから受け継いだものが多い。後に私が高等学校の教員に転身した際も心から応援してくれた。残念ながら平成15年にご逝去なさったが,どこかで見ていてくださっていると信じる。。。

その夜,私は秦さんとナメクジ横丁でビールを飲みながらハレー彗星の話をしていた。1985年は76年ぶりに地球最接近した年でもあった。彼が旧制中学の頃,望遠鏡でのぞいた惑星の話や,宇宙の話などなど,彼のまた違った側面を発見した夜だった。


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