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平和公園ゴミ拾い

7月18日(土)は,私の担当する留学生向けの科目「日本の社会Ⅰ」の最終日。とりわけ試験をするわけではないので,締めくくりに平和公園でゴミ拾いを行った。近く慰霊祭がある。きれいにして迎えたい。
いまだに後遺症に悩まされる被爆者がある。一緒に手伝った学生はベトナムからの留学生である。ベトナムにも枯葉剤などによる後遺症の問題がある。
戦争はもちろん反対だが,もう少し怒りの感情を持っても許されるのではないかと思う。


Hoan.jpg

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ダバオより

clickuri先生、こんばんは。ミンダナオ島のダバオでフィールドワーク中のさっちん母子です。ブログに便乗して近況報告です。

ダバオは戦前、日本から多くの農業労働者が移民として渡った場所で、大きな日系人社会があります。日本国内でも特に沖縄からの移民が多かった場所です。現在、毎年恒例のダバオ沖縄慰霊団が来ておられ、明日はダバオ各地の慰霊碑めぐりのバスツアーに同行させてもらう予定です。これは私の調査とは直接関係ないのですが、背景的知識として見ておきたいなと思って、お願いしました。もちろん、自分の調査もしていますよ。

ダバオはマニラと違ってのんびりしていて暮らしやすそうな場所です。子どもは今日から日系人学校の3年生に4日間の体験入学をさせてもらっています。子どもなりに緊張しまくっているようです。それではまた~。

怒りと憎しみ

>さっちんさま
コメントありがとうございます。フィリピンフィールドワーク,羨ましいな。こちらはあとお一人の更新講習レクチャーノート待ちです。クダラン仕事です。

加害者に対する怒りと憎しみはもっと持っても良いんじゃないかと思います。
clickuriが小学校低学年のころ,亡くなった母と平和公園にお参りに行った夏,ポラロイドカメラを持って笑顔で写真を撮っている,純白のセーラー服を着た背の高い水兵さんに対し,アノヘイタイタチガワタシノオトウトヲコロシタンヨと教えてくれました。

ダバオの慰霊祭で

今日はダバオの慰霊祭に行ってきました。ダバオは戦前から沖縄などから多くの日本人移民を受け入れ、麻農園の開発をしてきました。ダバオは土地が肥えていて、日本人移民は戦前は大変豊かな生活をしておられたそうです。それが、戦争が勃発し、民間人の日本人が徴用され、米軍に追われて山へ逃げて何人もの日本人が命を落としました。
そのとき生き残った方々(今はダバオで生まれて幼少期を過ごした二世の方がほとんどです)が、戦後にダバオを訪れ、慰霊祭を行って今年で45年目だそうです。今回は参加者が84名と少なくなったそうですが、3~4年前はもっと多くて、沖縄から飛行機をチャーターして来たと聞きました。
また、ダバオで生まれて小学校低学年で日本へ引き揚げた方々(今では70代)が、ダバオのことを「ふるさと」と呼び、昼食のデザートに出されたドリアンをうれしそうにかぶりつく姿が印象的でした。

石もて追わるるごとく

1983年に広島市の事業で,米・加の日系人社会と交流したことがあります。そのときトロントの日字新聞社の方とお話をしたときの言葉が表題でした。大変印象的だったので覚えています。国策がいかに国民を愚弄したものだったか。国≠国民ということがよくわかりました。。今度8/5にやるイベントにもドミニカでご苦労された方が登場されます。いろんな話が聞けますよ。
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